小沢健二 『LIFE』


中村佑介(イラストレーター)


前回はアニメソングDJなのに長淵剛を選んだり、それならコアなファンかと思いきや、ベスト盤というガッカリな距離感を見せつけたり、コスプレをしたり、BARのママをやったり、ファッション誌のモデルをしたり、はたまたイベントでおしっこ飲んだり。今現在でさえどれがコスプレでどれが本物かわからないサオリリスが、一体どんな高校時代だったのかなどまったく想像がつかないが、20年後の未来は想像がつく。それは間違いなく場末のスナックのママだ。酒焼けしたガラガラ声で、「アタシもアンタくらいの年齢の時はねぇ〜」と地元の若いコを捕まえて、昔話をしていることだろう。なるほど、その店のBGMを考えると、長淵剛というチョイスはあながち間違ってなさそうである。

それでは、かくいう僕の高校時代はどうだったかというと、今と変わらず絵を描いていた。もっと昔のことを思い返してみても、物心ついてからは絵を描いていた思い出しかない程で、ずっと5だった「美術」以外の教科は点数さえ憶えていない(まぁ悪かったのだろうが)。そんな一本調子のものだから、よく講演会やサイン会でイラストレーター志望の子から「どうやってイラストレーターになったか?」という質問をされても、「ひたすら描く!」という答え以外思いつかず、だからと言ってそれだけでも仕事にするには不十分な気がして結局黙り込んでしまう。

サオリリスの高校時代が想像つかないと言ったのは、もうひとつ理由がある。それは僕が同い年の頃、女の子とまったく喋らなかったからだ。「喋 "れ" なかった」と言った方が正しいだろう。その年齢の女の子がどんな感じだったのかが全くわからないのだ。そもそもコミュニケーションが苦手な子供だったので、無意識に絵を通して何とかそれをカバーしようと図ったつもりが、絵にのめり込みすぎて、もっとコミュニケーションが苦手になるという良いのか悪いのかわからない状況。当時は「ゼッタイに悪い!」と考えていた。好きな女の子が出来たのである。

彼女の名前はAさん(仮)といって、僕よりはマシだが積極的にクラスメイトとコミュニケーションを取るタイプではなく、休み時間は箸が転げても笑っている女の子たちを横目に、ひたすらウォークマンを聴いている姿が印象的だった。そんな姿に自分を重ね合わせ、恋に発展したのは想像に容易い。なんとか仲良くなりたいと思ってもきっかけが掴めずにいたある日、彼女がウォークマンのカセットテープを入れ替えたその時に、ラベルの文字が見えた。そこには蛍光ペンの丸っこい文字で「小沢健二/LIFE」と書いてあった。

前述した通りそれまで絵ばっかり描いてきたもので、漫画やゲームは好きだったものの、音楽は子供の頃に買ってもらったアニメ「キン肉マン」のサントラと、嘉門達夫大全集のカセットテープしか持っておらず、若者が聴くようなものには全く関心がなかった。しかしAさんと何としてもお近づきになりたい僕は、なにかきっかけになればと、ワラをも掴むような気持ちで、その日の学校帰りに早速、CD屋で小沢健二さんの『LIFE』というアルバムを買った。家に着くまでのバスの中で歌詞カードを眺めていると、「東京恋愛専科」という曲の "こんな恋を知らぬ人は地獄へ落ちるでしょう" という強烈なフレーズに、聖飢魔IIのデーモン閣下の「ヌハハハハ!」と高笑いした白塗りの顔が頭によぎった。もし苦手な感じの音楽だったら、当時ビジュアル系バンドが好きだった兄にあげればいいか…、そう思いバスを降りた。

家に帰りはじめて聴いた小沢健二さんの音楽は、正直あまりピンと来なかった。しかし普通の歌謡曲っぽいものの、なんかわからないけどとにかくお洒落で、Aさんの雰囲気にピッタリだと思った。そして僕も同じようにカセットテープに録音し、ウォークマンで聴く毎日がはじまった。いつ彼女と話す機会が訪れて、小沢健二さんの話題になっても困らないように。しかし結局Aさんとは一言も口を聴けないまま高校卒業の時期がやってきた。その頃には受験の荒波ですっかりAさんへの気持ちは薄らいでいたが、やはり僕のウォークマンにはいつも『LIFE』が入っていた。僕は小沢健二さんのことが好きになっていた。

このアルバム『LIFE』の頃の小沢健二さんの音楽は重層的な構造になっていて、一聴して耳当たりの良い普通のポップスだが、1曲につき10曲くらいの洋楽の元ネタや、マニアックな古い邦楽へのオマージュ、パロディが入っているので、ヒット曲しか聴かないようなライトリスナーだけでなく、ミュージックマガジンを愛読しているような音楽通までをも唸らせる内容になっていた。そこからほんとうに色々な音楽を教わり、『LIFE』1枚だった僕のCDラックはいつの間にか100枚以上のCDが並んでいた。

無事、大阪芸術大学のデザイン学科へ入学し、もちろん課題でも絵を描く機会はあったが、どうも興味のないものばかりだったので、学生寮に帰っては、自分で好きなアーティストのCDをデザインしたり、好きな曲を絵にしたりして遊んでいた。それがいつしか夢に変わり、卒業後しばらくして僕はCDジャケットを描くイラストレーターになっていた。そして現在に至る訳である。いまだにふと「あのとき小沢健二さんの音楽に出会っていなければ、そもそもAさんに片想いしていなければ、今も絵は好きなものの、それは趣味にしてまったく別の仕事をして暮らしていたかもしれない。いや、相変わらずコミュニケーションは不得意だろうから、どんな仕事も勤まらず、野たれ死んでいたかもしれない…」と思い返す度にヒヤっとする。その時はじめてあの歌詞の意味がわかった。「こんな恋を知らぬ人は地獄へ落ちるでしょう」。やはりデーモン閣下の顔が浮かんでゾッとした。まぁ、小沢さんもそういう意味で歌ったんじゃないだろうが、このように間違いなく僕にとっての『LIFE』は、文字通り "人生" のきっかけになった1枚なのである。


中村佑介(イラストレーター)

http://www.yusukenakamura.net/


 
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「LIFE」 / 小沢健二

1994.8.31/TOCT-8495

1. 愛し愛されて生きるのさ
2. ラブリー
3. 東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー
4. いちょう並木のセレナーデ
5. ドアをノックするのは誰だ?(ボーイズ・ライフ pt.1:クリスマス・ストーリー)
6. 今夜はブギー・バック(nice vocal)
7. ぼくらが旅に出る理由
8. おやすみなさい、仔猫ちゃん!
9. いちょう並木のセレナーデ(reprise)